特集

世界の住まいとまちづくりのふぃろそふぃ

執筆者
建築家 栗田 仁
 東西の歴史と文化、超高密度の集積… イスタンブール(トルコ)


 (レンタルDVD屋さんの回し者のようだが)映画の問題。 『007ロシアより愛をこめて』(1963年公開) 『007ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999) 『007スカイフォール』(2012) これらの映画に共通するロケ地は? (難しかったか?) 若干のヒント付きで問題を続けよう。 『トプカピ』(1960) 『オリエント急行殺人事件』(1974と2017) 実は、何のことはない。見出しの中に答えがあった。
 「西洋が東洋に出会う街」だ。学生時代の世界史を少し思いだしていただこう。西洋史の中での「中世」の定義。4世紀のローマ帝国の東西分裂から、15世紀の東ローマ帝国の滅亡まで。この間、一貫してヨーロッパ最大の都市であったのが、コンスタンティノープル、すなわち、今日のイスタンブールである。この街のすごいところは、イスラム人に完全征服された後も、実質首都的な大都会であり、21世紀の今日に至っている。
 歴史の教科書など引っ張り出さなくてもいい。本屋の回し者のようだが、『コンスタンティノープルの陥落』(塩野七生著)で、自分自身で見てきたような気分になる。
 ブルボン王朝(フランス)の300年、メディチ家(イタリア)の500年、ハプスブルク家(ウィーン、プラハ、ブダペスト他)の700年のそれぞれの中心都市の歴史など、足元にも及ばない時の流れの集積。キリスト教文化とイスラム教文化の相克~共存の大きな振幅。こんな街が面白くないはずがない。
 冒頭に掲げた映画(群)に魅了されて一度、ヨーロッパからの鉄道の終着駅(シルケジ駅)とアジア側からの鉄道の終着駅(ハイダルパシャ駅)の取材に一度渡航している。
 この地で、結構とんでもないものに出会った。じつは、「とんでもないもの」は複数あるのだが、ここではスペースの関係で一つだけご紹介する。


右:「フォーシーズンズ・ホテル・イスタンブールatスルタンアフメット」、ロビーラウンジに至る廊下。
中央:「同」、ロビーラウンジの一部。
左:「同」、玄関部分のファサード。

 

 罪と罰とその変身… フォーシーズンズ・イスタンブール・ スルタンアフメット

 
 (レンタルDVD屋さんの回し者のようだが)映画の問題。 『007ロシアより愛をこめて』(1963年公開) 『007ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999) 『007スカイフォール』(2012) これらの映画に共通するロケ地は? (難しかったか?) 若干のヒント付きで問題を続けよう。 『トプカピ』(1960) 『オリエント急行殺人事件』(1974と2017) 実は、何のことはない。見出しの中に答えがあった。
 「西洋が東洋に出会う街」だ。学生時代の世界史を少し思いだしていただこう。西洋史の中での「中世」の定義。4世紀のローマ帝国の東西分裂から、15世紀の東ローマ帝国の滅亡まで。この間、一貫してヨーロッパ最大の都市であったのが、コンスタンティノープル、すなわち、今日のイスタンブールである。この街のすごいところは、イスラム人に完全征服された後も、実質首都的な大都会であり、21世紀の今日に至っている。
 歴史の教科書など引っ張り出さなくてもいい。本屋の回し者のようだが、『コンスタンティノープルの陥落』(塩野七生著)で、自分自身で見てきたような気分になる。
 ブルボン王朝(フランス)の300年、メディチ家(イタリア)の500年、ハプスブルク家(ウィーン、プラハ、ブダペスト他)の700年のそれぞれの中心都市の歴史など、足元にも及ばない時の流れの集積。キリスト教文化とイスラム教文化の相克~共存の大きな振幅。こんな街が面白くないはずがない。
 冒頭に掲げた映画(群)に魅了されて一度、ヨーロッパからの鉄道の終着駅(シルケジ駅)とアジア側からの鉄道の終着駅(ハイダルパシャ駅)の取材に一度渡航している。
 この地で、結構とんでもないものに出会った。じつは、「とんでもないもの」は複数あるのだが、ここではスペースの関係で一つだけご紹介する。

 


右:「同」、中庭にある八角形平面のレストラン(右側)。
中央:「同」、中庭北側部分。背景に(見えていないが)アヤ・ソフィア・モスク。
左:「同」、小ぢんまりとしたTevkifhane通りに面して控えめな玄関部分。

 

一つ星から五つ星までの距離

 二十数年前の私の「初イスタンブール」は五泊で計画された。職業柄、ホテル建築のグレードと宿泊料金の相関について格別の興味があった。そして、同じ街に五夜泊まるのに、日替わりでホテルを変えた。
 空港から市内に向かうタクシーの車内で運転手から「季節労務者が泊まるような」と形容された一つ星が一泊目(宿賃約1500円)、翌日は二つ星、三日目が三ツ星…最後の晩が五つ星(値段は最初の晩の16倍を超えた)。
 一日目のホテルは、部屋にトイレもシャワーもなく各フロア共用。五日目の「ラマダ」では、広いバスルームに大理石のカウンタートップの洗面台(洗面器がダブル)、ビデもあり。
 設備のグレードでこの違い、部屋の広さ、家具や壁紙の格、フロントからハウスキーピングに至るスタッフの対応…すべてが価格相応だった。

衝撃的な前歴

 この街の旧市街、スルタン・アフメット地区。アヤ・ソフィアにもブルーモスクにも徒歩圏の少し奥まった街の中で五つ星ホテルに出会った。
 カラシ色の外壁、オレンジ色の瓦葺きの堂々たる重厚な石造建築の構え。サインは控えめに、世界中にチェーンを広げる名門、「フォーシーズンズ・イスタンブール」と。
 泊まってもいない高級ホテルのフロントで、ロゴ入りの便箋と封筒とパンフレットをもらった。
 ホテルの由来が書かれていて、その衝撃的な前歴にあらためてため息。  建設されたのは1918年、設計者は、トルコの20リラ紙幣に肖像が載っている大物建築家、ミマール・K・ベイ。建築の用途は「かつては刑務所であった」と。
 ホテルの立地条件が、その正体に関して「伏線」だった。先に「少し奥まった街の中」と記した。大通りに面して威容を誇る五つ星ホテルとは一線を画していたのだ(監獄はそんな場所には作らないだろう)。

病院とホテル、刑務所とホテル

 一見、暴論のように思われるかと想うが、これらはよく似ている。建築種(ビルディング・タイプ)としての共通点が多いのだ。いずれも人間の24時間の生活の器である。
 違うのは、前者は、お客の身体が病を得ているか健康かという点。後者は鍵を掛けるか掛けられるか(内から施錠するか、外から施錠するか)である。
 現に、以前、フランスのシャモニー近くのホテルを調査したとき、五つ星ホテルの中に「その昔は病院であった」という事例を見た。
 「元刑務所という高級ホテル」の例は、じつは世界各地にある。シドニー、ボストン、オタワ、ロンドン等々…。そんなウェブサイトもある。

元々の建築の格が違った

 五つ星ホテルというと、お馴染みのリッツカールトンとか、グランドハイアット、マリオット、インター・コンチネンタル、シャングリラ、コンラッド、ペニンシュラ…。いずれもイメージされるのは、膨大な客室数も誇る巨大スケールだが、ここはわずかに65室で1968年の開業。(内装の詳細はホテルの公式サイトをご覧ください)
 刑務所なのに第一級の建築家が起用され、宮殿のデザインモチーフが引用された内装の理由の一つには、この監獄に収容された囚人が、時の政権の政敵であったり、思想犯(高名な作家など)VIP的であったことと明らかに相関がありそうで興味が尽きない。

 


右:フランスのカレー発、パリ、ミュンヘン、ウィーン経由のオリエント急行の終点、シルケジ駅の閑散時間帯のプラットフォーム。
中央:同上フェリーからアジア側の鉄道の終点、ハイダルパシャ駅方向の眺め。
左:ボスフォラス海峡のフェリーからの旧市街遠景。中央にシュレイマニエ・モスク。